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電気通信大学 先端超高速レーザー研究センター 小林孝嘉研究室

研究紹介


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サイエンスチャンネル
フェムト秒技術が切り開く新たな世界~ICORP超短パルスレーザープロジェクト~

最近の研究成果


(1)熱反応の遷移状態観測に初めて成功

高効率に新奇反応開発や機能性材料開発を行うためには、詳細な反応機構を知る必要がある.化学反応の遷移状態の観測は最も速い光を用いることで実現し、様々な光反応の観測が実現した.しかし、光を利用するため、医薬品合成や機能性材料合成のほぼ全てが熱反応であるにもかかわらず、熱反応の遷移状態を直接観測することは不可能であると考えられてきた.光反応と熱反応の違いは、電子励起状態、電子基底状態どちらで反応が進行するのかである.熱反応は、熱を与えることで電子基底状態において分子振動を活性化させて、反応を進行させる.光を用いても、電子遷移を励起するよりも低い光子エネルギーでラマン過程により分子振動を活性化させることができれば、反応を開始することが出来る可能性があると考えた.そしてこの電子基底状態における反応過程における遷移状態を観測できる可能性がある事を想起した.以前、我々の研究グループでは、世界に先駆けて光化学反応の遷移状態観測に成功した(Real-time spectroscopy of transition states in bacteriorhodopsin during retinal isomerization, T. Kobayashi, T. Saito, and H. Ohtani Nature、414、531-534(2001)).今回、我々のグループは上に書かれた考えに基づき、熱化学反応においても、初めて遷移状態の観測に成功した.今回は、その後の競争が激しいために、日本国内で審査される雑誌Chemical Physics Lettersに投稿し受理された.


(2)新しい絶対位相測定法の感度向上と絶対位相安定化サブ3fsパルス発生

超短パルス光によって引き起こされる現象においては、パルス光電場の搬送波包絡位相(絶対位相)が大きな影響を与える極端非線型効果が有り、コヒーレント軟X線発生の効果を左右する重要なパラメーターである.さらに絶対位相安定化を用いて、周波数標準に応用する研究によって、2006年にノーベル物理学賞が米独の研究者に授与された.位相安定化について新しい方法論の提案実証と、その計測についても新しい方法を提案実証してきた我々のグループは、その測定法を更に改良して、一桁以上感度を上げることに成功した.その原理は、安定な周波数が2倍の関係にある二つの光パルスの照射によって発生する分極の間に量子干渉が起こり、これが絶対位相依存の分子配向を誘起出来ることであり、既に我々のグループにより提案され実証されている(“Carrier-envelope phase-controlled quantum interference in optical poling,” S. Adachi and T. Kobayashi, Phys. Rev. Lett. 94, 153903(2005)).前回の実験においては、色素分子をポリマー中に分散させていたためにその濃度に限界があった.今回、色素分子を側鎖に取り込んだポリマーを用いることで単位体積あたりの色素濃度を増大させ、信号強度の増大により信号検出所要時間を10分の1以下に短縮することに成功した.
さらに、搬送波包絡位相安定なNOPAアイドラー出力の、可視-近赤外にわたる第二次高調波のパルス幅を圧縮した.その圧縮のための群遅延分散補償法としては、低次の群遅延分散調整のために合成石英製ウェッジをビームに挿入し、高次或いは微小な調整のためには可変形鏡を用いてフィードバックをかけた.回折格子、円筒コリメート鏡、球面コリメート鏡、テレスコープからなる光学系で圧縮したパルスの特性評価を行った.その結果、パルス幅2.4フェムト秒でフーリエ限界パルス幅2.2フェムト秒に近い値を得た.出力のスペクトルは滑らかであり、分光応用に好適と考えられる.


(3)バクテリオロドプシン・ヘモグロビンにおける超高速ダイナミクス

これまで30年間以上信じられてきた最初期における分子変形とは異なる変形が起きている事を明らかにした.そのようなバクテリオロドプシンにおける超高速ダイナミクスを実験的及び理論的に研究した.電子遷移の強度変調を通じて、異性化過程における分子振動の振幅と位相の変化を、128波長で同時に実時間プローブした.光励起後の初期事象が、陽子化Schiff塩基におけるC=N結合近傍の光励起に起因した30fs以内のレチナール配座の変形である事が分かった.
さらに、オキシヘモグロビンの光による酸素の光解離過程を詳しく調べた.その結果、この過程を初めて時間分解する事に成功した.測定によると、励起直後から解離を開始し、指数関数時定数約45fsで解離することが判った.酸素とヘモグロビンの中心金属である鉄原子との間の結合の伸縮振動が、徐々に遅くなっていく事も見出された.分子が解離する過程で、結合が切れつつある過程を実時間的に観測した例は初めてである.


(4)四光波混合による高性能超短パルスレーザーの開発

(4-1)カスケード非縮退四光波混合による高性能超短パルス多色レーザーの開発

老齢化社会に向かう現在、生理・病理解明は社会的ニーズの中でも最緊急課題である.
生命現象は、一個の細胞内または複数の細胞間で多くの蛋白質が複雑にからみ合って引き起こされている.従って、生命現象の深い理解のために、その現象に関わる複数の蛋白分子の間の情報伝達や、シグナル分子間の相互作用の研究のために、細胞の協同的な営みの詳細な観察が最重要である.これら蛋白分子・シグナル分子・細胞の間の協同的なプロセスはそれらの間の秩序あるコミュニケーションによって実現している.これを研究する最も一般的な方法として、レーザー等を用いた蛍光イメージング法がある.蛍光イメージングは任意の蛍光分子を使い、観察目標の低分子化合物や生体高分子(例えばタンパク質)をラベリングすることで、容易に分子の空間分布を画像化することができる.
本研究で、複雑な、生体・細胞中の蛍光蛋白質5種類の発光にぴったり整合した多色のフェムト秒パルスを非線型レーザー顕微鏡用光源として開発する事に成功した.これまで多色光源は、せいぜい2-3色であったが、本研究では最大15色を発生出来る.さらに、その特性は空間的なコヒーレンスが理論限界に達するものである.これと同時に発生する近赤外光を2光子励起光として用い、5(15まで可能)色の色素蛋白を同時測定可能となることが期待される.
この方法は、これまでの蛍光蛋白を用いた画像の研究に用いられていた自然放出蛍光ではなく誘導放出を用いる方法である.これは、多色レーザーのストークス光(Sn)を、蛍光蛋白や量子井戸の2光子励起用に用いて、残りのアンチストークス光多色光(ASn)の誘導放出光を検出し、そのイメージングを行う新しい多色イメージング法の光源である.この方法は、自然放出蛍光を用いる方法に比べて、光励起によって電子励起状態が 項間交差により長寿命の三重項に緩和し反応することによる光劣化や光毒の影響が軽減されるだけでなく、分子に注入した光エネルギーが熱に変換される前に光として取り出すために、生体に優しいイメージング法であると言える.
また、これまでの世界の潮流で用いられているスーパーコンティニュームは、スペクトル特性が極めて悪いだけでなく、安定性も変動率rms20%と極めて悪い、また損失の多いフィルターで1色を取り出す事が必要で同時多色は出来ないなどの多くの欠点を持つ.もう一つの方法として考えられているパラメトリック発振器は、1回に1色しか取り出せず、かつ高価で取り扱いが困難である.さらにそれだけでなくこれは単に波長が変えられるだけで、同時多色光源ではない.本研究プロジェクトの光源は多色を同時に発振し、かつ簡単な方法で波長を連続的に可変である(板状の非線型光学物質を少し回転するだけ).スペクトル幅・色数をも可変であり、安定性も変動率rms0.95%と、桁違いの安定性を示し、極めて良い光源であることを実験的に示した.

 (4-2)縮退四光波混合による高性能超短パルスレーザーの開発

現在、色々な国の多数の研究機関で高強度レーザーの研究が進められている.特に高強度レーザーと物質との相互作用の研究は物質科学に新分野を開くことが期待される.その研究を行うためには、パルスの時間波形がクリーンでなければいけない.つまりこの様なレーザーは、その(時間)周辺のいわゆるサテライトパルスでも既に非常に強大な強度を有しているので、物質との非線型な相互作用により物質の性質が変質をしてしまい、実験はその変質した物質との相互作用を観測することになってしまう.
また、医用応用として、高強度レーザーによるイオン加速が考えられている.このためにはクリーンなパルスを用いる必要がある.もしパルスがクリーンでなければ高エネルギーイオンビームを得ることが出来ない.
これらの要請から時間波形でサテライトのないクリーンな超高強度パルスレーザーが求められている.これまでのパルスクリーン技術では105のコントラスト増強比が世界最高であり、それによる最高のコントラスト比は、10-14であった.既存で最も高いコントラスト増強の手法は複屈折を用いるもので、その値は複屈折プリズムの消光比によって決まる.既存の複屈折プリズムの最高の消光比は10-5でありこれがコントラスト増強比の上限を与えていた.これをより良くする方法はほとんど不可能である.
我々はこの方法とは全く異なる方法として、縮退四光波混合による高性能化に成功した.これによると、複屈折プリズムの消光比に制限されず、現在世界最高の105のコントラスト増強比を容易に得ることが出来た.これは用いた非線型媒質の散乱によるもので、これを減少することは既存の技術で可能で108が既存物質を用いて実現出来る可能性がある.この方法により10-13のコントラスト比を得る可能性がある.


(5)新規精密分散制法による御超高速深紫外分光用に適した深紫外域超短パルス光源の開発

中空ファイバー中を近赤外パルス(800 nm,ω)と近紫外パルス(400 nm,2ω)を伝搬させることにより引き起こされる四波混合(2ω+2ω-ω=3ωを利用した手法は広帯域紫外光を発生させる有力な手段であるが、これまでの手法ではそのバンド幅は限られていた.また、屈折率の大きい紫外域の群速度分散を完全に補償できず、超短パルス光を発生させることは極めて困難である.広帯域の近赤外光を中空ファイバー中の自己位相変調を利用して発生させ、更にその位相を透明媒質中の群速度分散を利用して制御した.加えて近紫外光の位相をプリズム対を用いて制御し、これらにより、四波混合により発生する深紫外光の位相を間接的に制御した.広帯域深紫外光の位相を容易かつ緻密に制御することが可能となり、サブ10フェムト秒の深紫外超短パルス光が得られた.近紫外域においても中空ファイバー中の自己位相変調によるスペクトル幅拡大と、チャープミラー又は可変形鏡による緻密な群速度分散補正により、8フェムト秒の近紫外超短パルス光を発生させた.これらの結果、紫外域の260-290nmと360-440nmをカバーするサブ10fs光源が得られている.この光源は、サテライトパルスのエネルギーが全体の5%以下で分光用に非常に適している.
上記の成果は、さらに発展して、JST:CRESTの支援による研究として、「高性能超短パルス多色レーザーによる同時多色イメージ顕微鏡、光刺激法の開発、光毒機構解明」及び、Humboldt財団の支援による研究として、マックス・プランク研究所との「プレパルス・ポストパルスフリー超高強度レーザー開発、分子内アト秒動力学」とマックス・ボルン研究所との超高速化学反応の研究」として、更に深化していく.